ねこの話をするとしよう(3)

続き。

春に二度手術をして数日おきに病院に通い、初夏にはすっかり何も食べなくなって骨と皮だけになってしまったねこ。
わたしは相変わらず毎日ねこのところに通い詰めていました。
通うったって、ねこは人の気配を嫌がってすみっこに隠れているので、様子を見るわけでも看病するわけでもないんですが。
(しかしユニットバスにいるので、トイレを借りる時は姿が見られた)

相変わらず呼びかけても鳴いてくれないし目も合わせてくれない。
抗がん治療を続け、点滴自体もだけど、病院に通うことがどうしてもケイティのストレスになってしまう。

ケイティは弱り続けていたけれど、複数の病気を持っている割に、検査をしてみるとそれぞれの数値は不思議と悪くなりませんでした。
「多分、いろんなバランスが取れて症状が落ち着いているんだと思う」
と先生が言っていた。
何となく自分の父のことを思い出した。わたしの父も数年前に癌で亡くなっているんですが、危篤で「あと数日」と言われてから結構長く生き延びました。
体内出血が始まったら終わりだと医者に言われてたんだけど、腫瘍が血管を塞いでしまってるおかげで、出血せずにすんでいると。
状況は最悪なのに、妙なバランスで切り抜けていた。

その辺のバランスは知識や経験でどうにかなるものでもなくて、本当にタイミングというか自然任せのものらしい。
だからケイティの治療の順番に先生がものすごく頭を悩ませていた。今せっかくバランスよく保たれているものが、どれかを治療してそれが良くなっても、別の病気が極端に悪くなったら、一気に駄目になってしまうかもしれない。
治療の方針について、先生から説明を受けて「飼い主さんの考えにもよるので、決めてほしい」と言われたんですが、全部先生にお任せしてしまった。
(いやこの時点でわたしはケイティの飼い主でも何でもなかったんだが)

前も書いたけど先生はすごく勉強熱心で、新しい治療についても調べているようだし、「信頼しているので先生の思ったとおりにしてください」という形で式部さんと意見の一致をみた。
そう言われて、先生は多分余計頭を悩ませたと思いますが。申し訳ない。

抗がん剤の点滴がやはりものすごく負担になるらしくて、どうしようかという話をしている時に、新しい治療薬の話が出てきた。
点滴ではなく経口投与のお薬で、副作用も少ない画期的な薬が最近出てきたらしい。
抗がん剤のようにがん細胞以外も攻撃するのではなく、ピンポイントでがん細胞にだけ影響する薬だと言われた。
え、だったらそれをぜひ! 多少高かろうがぜひその薬をいただきたい! と色めきたつ式部さんとわたしでしたが、「でも実は製薬会社が評判を上げたいがために、あまり数を作らず『人気だから品薄です』という売り方をしていて、どうしても手に入らない」などと言う。

などと。
言いおる!!!

いや言いおった先生が悪いわけではない。しかし憤怒ですよ。
そんなおまえ(自主規制)みたいなことを、命を預かる会社がしてるんじゃないわ〜〜〜!
どこの業界でもそんなことばっかか〜〜〜〜〜!!!!!!
あれほど憤懣やるかたない気分になったのは******の話以来だよ。

発注はするけどいつ手に入るかはわからない、ということで、プンプンしながらもその薬については一旦保留に。
でもどのみち抗がん剤の点滴については、止めた方がいいのではという話になった。
多分その時点で、先生は終わりに向けて考えていた。
多分もう、先がないから。なるべく嫌なことも痛いことも避けて、ケイティが一番楽なように、幸せに暮らせるようにしてあげたいよねと。
先生は元からずっとそう主張していて、例えば腎臓が悪いからとケイティの好きなものを制限するより、おいしいものを食べてのびのび暮らした方がケイティのためにいいからということを、「僕個人の考えですけど」と前置きしながら話していた。

わたしもそれに賛成でした。基本的に、人でも動物でも、無理な治療はせずに、最後はやりたいことをやって楽しく過ごすのが一番だなと思う。父の時も延命処置はしないという書類にサインした。
そこに至る前に、お医者さんが進める治療をしてからの話ですが。わたしは東洋医学とか人体そのものが持つ力とか偶然とか奇蹟とか割合信じてる方なんですが、同じくらい医学も信じている。
(医者の九割九分については信用してないが。信頼に足る医者に出会える確率が低すぎるので医者個人を信用しないことが多いけど、専門家が研究してきた知識については信用してる)

とにかくいろいろ話し合って、点滴をやめて、サプリに切り替えることにした。
病院にもあまり連れて来ない方がいいねという感じでまとまったんだけど、でもしょっちゅう具合は悪くなるし、水も飲んでくれないしで結局頻繁に通うことにはなったけど。
抗がん剤をやめてしばらくして、段々、ねこの体に力が入るようになってきた。
人間と目を合わせて、甘えるようにもなってきた。
怖いくらいもろもろ抜けていた毛も、ほとんど抜けなくなった。

念のために書いておくけど、抗がん剤に副作用があるのは今のところ当然なので、抗がん剤が悪かったとか抗がん剤を打たない方がいいとかいう話ではないです。
合う子と合わない子がいて、体の状態によって効果のあるなし、副作用の出方も違うというのはきちんと説明を受けて、それで治療することを決めた。
たまたまケイティには合わなかったけど、治療を受ける子によっては効果があるだろうし、そこはケースバイケースで方針を決めればいいことなので、今回はたまたまこうでしたという記録です。

二ヶ月くらい、サプリと通院で過ごした。
猫のことであたまがおか…猫について詳しいS原T子先生(もう伏せる意味はない気がする)から教えてもらったクリスピーキッスを食べてくれましたよ!

これの食いつきがとてもよかった。
ちゅ〜るも、指にちょっと載せてあげると、ぺろぺろ舐めるようになった。
腎臓の療養食にはさっぱり見向きもしませんが、いいです、何も食べてなかったのに、何かを食べてくれるようになったので充分です。
ちょっとずつちょっとずつごはんを食べて、お水も飲むようになって…でもまた、食べない時がくる。
せっかく食欲が戻ってきてくれたと思ったのに、急にまたどうしても食べてくれなくなって、困った、どうしよう、とさらに新しいおやつを買ってあげてみたら、
食べた。

そうか。
おまえ、まぐろ味に飽きたんだな…。
チキン味にしたら食べたな…。

「好き嫌いかよ!」

日頃温厚な式部さんが大きく声に出してそう叫んでいた姿が生々しく思い出されます。
具合が悪いんじゃなくて単なる好き嫌いだったので、好きな味にしたらさらに食欲が回復しました。
でも、好みでごはんを選べるくらいには、元気になってきたのだ。そう思うと嬉しかった。

そして嬉しいことがもうひとつ。
上に書いた、新しい治療薬が、やっと入荷しました。
先生はすごく正直に「間に合ったねえ」と言っていた。
間に合わなくても不思議じゃない状況だったんだな、と、わかっていたけど、しみじみする。
それにしても製薬会社の売り方については許さんぞ。

ともあれ、サプリから、その薬に切り替え、苦労しながら式部さんがねこに飲ませていた。
いやあ本当に、今でも大変そうです。
ケイティはとてもお利口なので、飲んだふりをする。飲んだふりで、あとでそっとその辺にペッと吐き出す。
人間がどうにか口に薬を放り込んでも、ねこは意地でも飲まぬと目を剝きながら拒否してしまう。
どんな薬もおいしくはないんだろうけど、この薬はとりわけまずいらしい。
この薬だけではなく甲状腺や腎臓の薬も飲ませなければならないので、全部飲ませるのは本当に大変だ(式部さんが)。

毎日攻防して、時々は失敗しつつ、何とか薬を飲ませていってた(式部さんが)。
こつこつ続けるうちに、ケイティはゆっくり体力も回復していったようです。薬を拒否して式部さんの頬を押す腕の力強さも増していった。

秋になってもわたしは相変わらず毎日ケイティに会いに行っていた。
もともとだっこが好きなねこでしたが、病気になってからまったく求めなくなっていたのが、秋頃にはしょっちゅう「抱き上げろ」と要求してわたしの体によじ登るようにもなっていました。
嬉しかったー。嬉しかったよー。

夏の終わりくらいまでは、その時がきたら見守りたいという気持ちで通っていたけれど、ケイティが元気になっていくと、少しでもこのねこと一緒にいたいという一心で通い詰めていた。

ケイティの病気がわかる前に、同人誌即売会でプチオンリーイベントをわたしと式部さんで秋に主催することになってて、割とずっと冷や冷やしてたんですが、それも無事終わりました。
開催直前の作業追い込みの時に、式部さんまで肺炎で倒れた時には本当にどうなるんだよと思いましたが、どうにか切り抜けました。
ねこも人間もよぼよぼしながらも、春先からの長い長い2016年が過ぎてゆきました。

あともうちょっとだけ続く。

ランチョンマットの上で寝るゆうべの悪いねこ。
写真ボケとるがな。

ねこの話

Posted by eleki