こころなんてしりもしないで・第6話

 その次の日も秋口から夕食を誘ったら、佐山はふたつ返事で了承した。女相手の時みたいに駆け引きがいらなくて、接待みたいに気を遣う必要もないから、佐山と一緒にいるのは、秋口にとっていつの間にか心地のいいものになっていた。
 あんな態度を取っておいて都合がいい――とは秋口も思ったものの、佐山の方は特にそれを気にしているふうもなく、それで余計秋口は気安い気分になっていた。
 せっかくのアフターに男ふたりってのはどうなのか、ともやっぱり思うのだが。
「別に、教えてくれたっていいじゃないですか。言いふらしたりしませんよ」
 三度目もやはり佐山の希望で同じ店、三回連続同じ席へ案内された秋口は、向かいに座った佐山へと喰い下がった。
 今日も話のついでに「佐山さんの好きな人って?」と訊ねてみたのに、佐山はまた困った顔になって、煙草を吸うふりで黙り込んでしまった。
「かたくなだなあ」
 頑固に答えを教えてくれない佐山に、秋口はひっそりとムキになってしまう。他人の言うことになんて、もっと唯々諾々と従うと思ったのに、佐山はどうやったって答えてはくれない。
「いいだろ、俺の話は。秋口なんかにしたら、つまらないことだよ」
 しつこく訊ねる秋口に、困り果てた様子で、佐山がようやくそれだけ答えた。
「猫みたいな人だな」
「猫?」
 秋口のたとえがよくわからなかったようで、佐山がスプーンを手に軽く首を傾げる。今日の佐山は、秋口が最初の時に頼んだのと同じフォーを食べてた。相変わらず秋口だけがビールを飲んでいる。
「猫って、相手を他人に悟らせないようにするって言うでしょ。結構、秘密主義?」
「そういうわけでもないけど」
 困った顔をするだけで、佐山はどうしても答えを秋口に教えてはくれなかった。
 週末を挟んで次の月曜日には、ランチを食べる佐山の向かいに強引に座っておいて、同じことを訊ねてみたが、結果は同じだった。
 その月曜の帰り、定時を少し過ぎた後に会社を出ようとした秋口は、沙和子に捕まった。
「狡いわ、秋口君」
 沙和子は綺麗な顔に、少し困惑と苛立ちを紛れさせた表情で、秋口を睨んだ。すでに制服から通勤用の服に着替えている。
「今日も佐山さんを誘ったの?」
 秋口と佐山が並んで会社を出る姿は目立つらしく、「最近仲がいいのね」と他の社員たちからも不思議そうな声が上がっている。一緒の仕事もしているのだから、ふたりが揃って飲みにいったところで不思議はないはずなのに、派手な秋口とまじめな佐山が連れ立っていることが、周りの目には珍しく映るらしい。
 沙和子も、秋口の方から佐山に声をかけているということを承知しているようだった。食堂で話す秋口の声に聞き耳を立てる女子社員は、ひとりやふたりじゃない。そして、社内を流れる噂の速さは通勤快速より速いのだ。
「今日は残業だそうです、俺もこれから打ち合わせがあるし」
 沙和子の責めるような言葉に、秋口はわざとはぐらかした答えを返した。
「声、かけようと思ってるのに。先に秋口君が約束しちゃうんだもの」
 上手く沙和子の出鼻を挫いた格好になったらしい。秋口は内心でほくそ笑んだ。
「俺とデート一回してくれたら、佐山さんを一回誘うの我慢してあげますよ」
 いい取り引きのつもりで言った秋口に、沙和子はますます表情を曇らせた。
「子供ね」
 沙和子がそう言って開いた口を、不意に閉ざした。彼女が自分の後ろを見て気まずそうな表情になったのを見て、秋口もつられて振り返る。
 廊下のちょっと後ろ、曲がり角からやってきたらしい御幸が立っていた。
「通っていい?」
「ええ」
 沙和子が頷き、秋口と御幸に頭を下げて、足早に玄関の方へと去っていった。
(……聞かれたか?)
 佐山の名前が出ていた会話。佐山本人の次に、彼と親しい御幸には聞かれたくなかった。
「子供ね」
 自分もさっさと会社を出たかったが、駅に向かう沙和子と同じ道なのは気まずかったので、少し間を置かなくてはと思う秋口の耳に、溜息と呟きが届いた。
 ばつの悪い気分で、秋口は御幸のことを見遣った。
「――か。雛川さんはさらっと大人だよな」
「聞いてたんですか」
「聞こえてたんだよ」
 秋口を見返す御幸の眼差しは、明らかに怒りが滲んでいたし、不愉快そうだった。
 友人が当て馬に利用されていることを簡単に察して、腹を立てているのだろう。
「雛川さんと俺の問題ですよ」
 牽制のつもりで言った秋口の台詞に、御幸は呆れた顔になりつつも頷きを返した。
「好きにしろよ、俺はおまえに何を言うつもりもないから」
 御幸の反応が、秋口には少し意外だった。
「怒らないんですか?」
「俺が怒る筋合いでもないだろ。雛川さんと秋口の、秋口と佐山の問題だ」
「結構、冷たいんですね」
 御幸はますます呆れた顔になった。
「おまえが言うことじゃないと思うぞ、それは」
 それもそうだ、と秋口は肩を竦める。その様子を眺める御幸の目は冷たい。
「佐山は大人だよ、おまえと違ってな。俺がいちいちくちばしを突っ込まなくたって、自分のことなら自分で対処する。まあ、秋口はあとで痛い目に遇わないよう、ほどほどにしておけよ」
 それだけ言って、御幸は秋口を追い越し去っていった。
「痛い目、ねえ?」
 それがどんなことかなんて、秋口には想像もつかなかった。どう考えたって沙和子のことで佐山に出し抜かれるなんて思えなかったのだ。
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