二回行動そして筋トレ

昨日は午前中に刀剣展の搬出に行ったあと、一回家に戻ってから、夜に刀剣会の定例会に出席してました。

搬出はほぼ何の作業もせず役立たずなのに、家に戻った時疲れて疲れてベッドに転がっていた…。外の気温がまた30度超えて陽光がキツかったり、気圧がえらいことになってたせいもあると思うんですが、ひさびさに疲労度が半端なくて何もできずに天井を眺めるばかりであった。
ちょっと横になろうと思っていただけなのに、猫がトコトコやってきて体に乗ってきたので諦めて目を閉じた。ハッピー! 昼寝でもうまく寝つけないここ数年なんですが、猫が乗ってくれるとちょっとの間だけでも安らかに寝入ることができるのでありがたい。猫は最高。

自分がまだ心身共にあまり健康ではないことを自覚して、自分に優しく生きねば…と思い、Apple Watch用のストレス判定アプリを入れたりしてみた。
少し前に精神的にものすごいストレスがかかることが起こって、アプリも「気をつけな!」って通知を出してきたんですが、翌日昨日のブログにも書いた刀剣展帰りにカフェ行ってお茶飲んでる時間、ストレス値がグッと下がっていたので、ほとほと感心しました。
アプリの性能にも自分の手軽さにも。

そう、自分でストレス減らすための行動ができるのならば、そのようにしよう。
ガチで元気ない時は、まあ、そんな考えにも頭が向かわないし、向かったとしても動ける体力がないんですけどね。
だから動けるうちに動こうね。そして休めるうちに休もうね。
などと繰り返し自分に言い聞かせる。

疲れすぎていたので刀剣会に行くか迷ったんですが、ただでさえ知識がおっついてないことにへこんでいるので、ここは行かないとメンタルがダメになるであろうと思い、資料で重たい鞄を担いで向かう。
行くと楽しいし知識が得られて嬉しいのに、行くまでの気の重さって何なんだろうな。刀剣会に限らずどんなイベントでも。同人誌即売会も毎回そうで、イベント行けば楽しいのはわかってるのに、行くまで気持ちも体も重いんだよな~。楽しいこと=感情が大きく動く・体力が削られることへの警戒心みたいなもんですかね。
小説書くときも、プロットの時はあんなに楽しみにしていたのに、いざ本文書こうと思うと気が重すぎてなかなかキーボードに指が向かない…ってことがいっぱいある。楽しいシーンほどコストが高くて、それに対して怯んでしまうのは体力がないせいだと思うのでやはり筋トレ。筋トレはすべてを解決する。

よぼよぼと向かった刀剣会はやっぱり楽しく、そして帰ってきたら案の定へとへとだったんですが、筋トレもやりました。続けていて偉い。
一回サボったら二度とやらない気がして怖いんだけど、そういう変な生真面目さというか中途半端な完全主義が自分を追い詰めているということも自覚したまえよ。
一回くらいサボったって次の日また再開すればいいんじゃないの。

しかし自重でやるスクワットにどれくらい効果があるのかは懐疑的です。80キロのバーベルとか背負わなくて大丈夫!?
運動選手時代、自重のスクワットってやったことなかったよ。いや体力をつけるための筋トレだから別に筋肉を育てなくてもいいのか…。
力加減というものがわかりません。人並みの体力を得られればそれでよい。

8月に買ったまんが備忘録

全部続き物で全部安定して楽しい。ガッツがない時はやっぱり「絶対おもしろい」って確信があるものしか読めないなあというラインナップでした。