秘密

 昼過ぎに起きると部屋の中に裕司の姿はなくて、嘉彦の荷物もすべてが片づいていた。池内のベッドも空だ。
「……はは」
 眩しい光が射し込む窓を見遣って、真実は泣き顔で笑った。
 いつの間に眠ってしまったのだろう。絶対に裕司を見送ると思っていたのに。
 真実ひとりが、部屋の中でぽつんと、いつもの日常の続きのように佇んでいる。
(服、裕司が着せてくれたのかな……まさか、鴫野じゃないよな?)
 全然、覚えがない。
 ――本当に、夢みたいな夜だった。
 ただ体に残る鈍い痛みやあちこちに滲む裕司のつけた痕が、夢じゃないとわからせてくれた。
 体を起こすのは少し辛かったけれど、真実はどうにか起き上がって、自分の机の抽斗を開けた。
 裕司のくれた葉書がそのまま残っている。
 葉書を持って、真実は窓辺に近づいた。窓を開けると、少し冷たい秋の空気が部屋の中にも流れ込んでくる。
「……埼玉は、あっちかな」
 自分の暮らしていた街のある方へ見当をつけて、真実は両手を組み合わせて握り締めると額に押し宛てた。
 ――殉教者みたいだと思って。
 不意に、嘉彦が言った言葉を思い出した。
 思い出しながら、祈る。
(松下、塚本、それから裕司を助けてくれた人たち。みんなに感謝します。あなたたちにたくさんの倖せが訪れますように)
 祈ることが何の力になるかなんてわからない。でも祈らずにはいられなかった。
(裕司。ここを出て自由になったらきっと、一緒にいられるから。……ずっと愛してるから)
 神様に祈る必要はない。自分たちの気持ちなら自分たちが一番知っている。
「……鴫野は、どっちに行ったんだろ」
 詳しい転校先も引っ越し先も、真実は聞かなかった。
 きっとこの場所を出たら擦れ違うこともなくなるだろうから。
 ここはそういう場所だから。
 もうどこにいるか見失ってしまった友達のためにも、真実は祈った。
(――鴫野。君の許にも倖せが訪れますように。辛い思いをどれだけしても、あの人が君を愛してくれますように)
 不意にドアの開く音がして振り返ると、池内が真実に一瞥をくれることもなく自分の学習机の前に座り、いつものようにぶつぶつとひとりごとを言いながら勉強を始めていた。
 池内にもきっとたくさんの思いや事情があるのだろう。それを肩代わりしてやることも分かち合うことも真実にはできない。ただ、池内のためにも少し祈った。
 夢のような夜は終わり、再びこの場所の日常が始まる。
 真実は葉書を大切に抽斗にしまい直して、顔を顰めつつ大きく伸びをすると、いつもと変わらぬ休日をすごすために、池内と並んで自分も机に向かうことにした。

-end-

おうちのひみつ

Posted by eleki